私の無敵モード
前回、競り合いになった状況下で、ある精神状態になった時に、私は無敵モードに入ることをご紹介しました。
「無敵モード」とは私の造語で、一般的には「ゾーンに入る」と言われます。
細かいことが全く気にならなくなり、試合やワンプレーに全力で集中し、頭脳はとてもクリアで、かつ卓球技術も身体も最高にキレている状態。
無敵モードとは、そんな状態を指します。
今号では、そのことを掘り下げます。
【あわや、大番狂わせ】
私が自分の「無敵モード」を最初に自覚したのは、30代の頃でした。
ある卓球の強い高校の練習に参加したご縁で、高校3年生の生徒と混合ダブルスを組ませてもらい、静岡県予選に出場しました。
私のパートナーは裏面に裏ソフトを貼った、ペン粒高の攻撃型でした。チーム内では
4番手くらいの実力で、個人戦で勝ち上がる経験はほとんどなかったようでした。
一方の私は、当時、変化と粘りを身上とした守備型カットマンでしたので、どうしても「受け」を中心としたペアになりました。
チーム内の練習試合でも、相手ペアに好きなように打たれて敗れるという試合が続いたのです。
その度に彼女は申し訳なさそうに謝るので、
「ドンマイ、ドンマイ。相手に打たれても次は何とか食らいついて行こう」
と、いつもなだめていました。
そう言いつつも内心では、
「本番の試合でも相手に打たれて、かなり苦しい展開になるだろうな」
と思っていました。
静岡県予選が始まりました。私たちペアは1回戦を勝ち、2回戦で優勝候補の一角のペアと対戦しました。
シングルスで対戦すれば、ほぼ勝ち目のない相手でしたので、実力差があるのは分かっていました。
しかし私は戦前に、うまく作戦がハマれば、結構良い勝負が出来るのではないかと密かに勝つチャンスを狙っていました。
私の作戦はこうでした。
————————-(ここから)—–
相手の男子選手にフルスイングされたら、私もパートナーも取れない。だから少しでも前後左右に相手を動かしつつ変化球を送る。
私のパートナーの粒高の変化球は、相手の男子選手に意外に効くのではないか。
フルスイングしてミスが出ることが分かれば必ず繋いで入れてくる。そのボールに対して私がカットに変化を付けていければ、初対面である相手の女子選手のミスが期待できる。
相手の女子選手が連続ミスをし弱気になれば、ますます相手の男子選手は自分が決めねばと無理してフルスイングしてくるだろう。
ミスがミスを誘発し、もがけばもがくほど深みに落ちる、相手にとっては蟻地獄のような展開に持ち込めるはずだ。
そして、最後の最後には・・・私の攻撃だ!
————————-(ここまで)—–
私の作戦は見事にまんまと的中し、1ゲーム目を獲ることが出来ました。(当時は21本制、3ゲームマッチ)
私のパートナーの変化球を相手の男子選手がフルスイングしてミスをしてくれました。
一般的に、男子選手にとって打ち慣れない女子選手のボールはミスが出易いものです。
入れば決まる確率が高いのですが、案外ミスをする確率も高いものなのです。
2ゲーム目は逆に打ち慣れている私のカットを相手の男子選手がフルスイングする展開が多くなり、私たちが落としました。
ゲーム間の作戦タイムで私は、
「出足が勝負だ。3ゲーム目の前半は1ゲーム目と同じ組合せだから有利だ。とにかくリードして折り返そう」
「後半は打たれて苦しい展開になると思う。でも1本でも多く返球しよう。僕もコースを突いて相手の打つコースを限定させるから」
のような事を話したと思います。
1、2ゲームとは違う緊張感の中、第3ゲームが始まりました。
セーフティリードには程遠い点数でしたが、私たちが数本リードしてチェンジエンドをすることが出来ました。
このタイミングで私は作戦面を再確認後に、パートナーとこんな会話をしました。
「でもさ、俺たちはこんな大きな大会で、こんな強いペアに対して、めちゃくちゃ善い試合をしているよなぁ。部内じゃ全然勝てなかったのに・・」
彼女は、一瞬「この人は何を言っているのだろう?」というキョトンとした表情をしましたが、意味が分かると嬉しそうな笑顔になりました。
さあ、頑張ろうぜ。
どうやら、この辺りから私たちペアは無敵モードに入って行ったようです。
最初の数本こそ2ゲーム目のような簡単な点の取られ方ををしましたが、それ以降はほとんど凡ミスをしなくなりました。
2人の息がピッタリ合い、お互いの動きが良くなりました。
そして、ついに彼女のビッグプレーが飛び出しました。
相手の男子選手が決めに来た強打を、彼女は見事なカウンターブロックではじき返したのです。
もちろん、そのまま得点になりました。
そして数本後には、今度はフォアハンドでのカウンターブロックが決まったのです。
マジかよ・・!相手の男子選手が呟くのが聞こえました。
完全に私たちペアのペースになりました。足が良く動き、まるで待っている所にボールが来るような状態でした。
得点するたびに声を掛け合いながら、「もっと良いプレーをしてやろう」という気持ちになっていました。
鳥肌が立つのを感じながらプレーしていたことを覚えています。
試合前には想像もしなかったことですが、私たちがリードして終盤を迎えました。
確か、19-16で私たちがリードしていて、ここから相手のサーブだったと記憶しています。
私はここで勝負をかけて、相手の女子選手の繋ぎのドライブボールに対して、前陣でスマッシュを試みました。
2本打って、2本ともオーバーミスしました。私の技術が未熟だったのです。
この2本のミスが響き、結局20-22のスコアで私たちペアは負けてしまいました。
あわや、大番狂わせ。というところまで相手ペアを追い詰めたのは大健闘だったと思いますが負けは負けです。
【無敵モードは創り出せる】
当時の事を思い出して改めて感じるのですが、無敵モードに入った時は、本当に卓球が楽しく感じられます。
失点もするのですが、ほぼ思った通りにプレーが出来て楽しくて仕方ないのです。
30代の時に無敵モードを体験した私は、その後、何回か体験することになります。
当初は、たまたま条件が重なった時にだけ、そのような状態になるのだと単純に考えていました。
しかし、何回も経験していると、無敵モードはある程度人為的に創り出せるものではないかという気がしてきました。
これがもし、ある程度自分の力でコントロール出来るものならば、これほど良いものはないと思います。
現在、私が思う仮説は、以下の条件の幾つかが重なった時に頻繁に起り得るのではないか、というものです。
・緊張する試合である。
・相手も自分も真剣勝負である。
・挑戦する立場で臨んでいる。
・卓球に対してピュアな心である。
・練習を相当やり込んでいる。
・特に故障が気にならないほど体調が良い。
・その時ばかりは雑念や心配がない。
・誰かや何かに感謝している。
今私は自分の仮説を自分自身で検証中です。
これが自分の残りの卓球人生の、最大のテーマになるのではと思っています。
因みに私のパートナーだった部内4番手の女子選手は、その後の県大会シングルスで自己最高の成績を上げたそうです。
監督から後日そういう話を聴き、あの試合で彼女はブレークしたのだと、とても感謝されました。
それを聴いて私も大変嬉しかったのです。